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  10月27日(火) 晴れ       長年の夢が叶いました

富山から待ちに待った友達が来る日です。昨日どしゃ降りの雨が降っていたので、今日晴れるなんて想像も出来ませんでした。
富山を8時半に出てくるとの連絡でしたので、池田に着くのは多分昼近くになり、昼食も我が家で食べることになっているので昨日から夫が2品程は用意してありました。
今日私はこれとは別にマレットクラブの予定がありました。とくに今年最後の大会です。今回の競技が終わると来年の3月までお休みです。最後の大会でもあり、遅くても10時までには終わるので参加しました。終了後は公民館で表彰式と総会があるので、皆さんはそちらに移動ですが、私は失礼して帰って来ました。後で弁当と参加賞をいただきました。

今日のお昼の接待はフランス料理ではなく、我が家の「家庭料理」です。しかもほとんどが家で取れた野菜です(ごめんなさい)。帰宅後2〜3追加して作りました。
デザート用に作ったチーズケーキの出来具合を確認したところ失敗だとわかり、急いで材料を買ってきて作り直しました。
夫の協力も得て準備万端。そうこうしているうちに昼近く役場に着いたと言う連絡が入りました。書いて送った地図では不安だったため、役場にナビを合わせてあったようです。役場まで二人で迎えに行きました。
家が完成して3年余、こちらに来る約束をしながらなかなか果たせず、今回やっと実現しました。6人中5人が元同僚です。その職場を離れて20年、毎月毎月食事会や旅行等よくやってきたと感心します。私はいつも出かけて行く方でしたがやっと来てもらいました。一人は体調不良で来れなくて残念でしたが、みんなも日帰りの為ゆっくりも出来ません。
4人が着いたときの第一声は「すご〜い、山が綺麗、こんなところに住みたい」など景色の絶賛でした。素晴らしい天気になって、昨日の雨が嘘みたいです。北アルプスの山々がみんなを歓迎してくれました。山が見られてよかった。


夫が食事の用意をしている間に長福寺に案内しました。黄色に染まった銀杏の木とモミジの真っ赤なコントラストが見事で喜んでいました。この時期ちょっとした観光地ですので、見学者がひっきりなしに来ていました。
帰ったら食事の用意が出来ていたので昼食にしました。かぼちゃやほうれんそう、切り漬けにした野沢菜等々です。4名の中に肉や魚嫌いの人が1名、レストラン等では必ず残すその彼女が完食したと喜んでいました。
お米は知人から分けてもらった「有機無農薬」栽培で、しかも収穫直後の新米ですので美味しいこと。

食後に大峰高原に案内しました。「大カエデ」の紅葉を見に観光客で賑わっていました。一部終わっている部分もありましたが、まだ綺麗でした。時間のないので記念写真を撮って帰りました。


最後は喫茶店、コーヒーとラズベリージャム(これも自前)をたっぷりかけたチーズケーキを食べてもらいました。これも大好評。お土産に少しずつですが、お米とラズベリーのジャムをあげました。富山の土産も沢山頂いたので、こちらは手作りのものにしました。沖縄からの土産もあったので車で来てくれてよかった。こんどはゆっくり来る約束をして帰って行きました。
退職後私がどのように生活しているか、このグループには一度見せてあげたかったので肩の荷が下りたような気がしました。紹介を忘れていましたが、今日の4人のうち3人までが夫にもゆかりのある人でした。富山での高校の同期、中学校の先輩、元同僚の奥さんという関係でした。あまりゆっくり話をする時間はなかったのですが、喜んで帰って行ったのであれでよかったかな。夫も一生懸命協力してくれて感謝しています。



  10月16日(金)〜10月22日(木)     故郷へ帰省

今回の帰省の目的は中学校の同期生会で、その前日に帰省しました。
いつも利用している羽田よりは少々近い気がしたので、今回は名古屋国際空港から出発、天気が良いので揺れることなく那覇空港に到着しました。運良く友人に迎えに来てもらうことができて助かりました。
毎回搭乗前は墜落しないか心配ですが、乗ってしまうと「この飛行機は大丈夫」と安心するので不思議です。乗客は若い人が多かったので普通の観光客かと思っていたら、青年会議所の全国大会が次の日から開催されることになっていたのです。
家に着いたとたん雨が降り出し土砂降りになりました。次の日も覚悟していたのですが、朝起きたらすっかり上がっていました。雨のせいで気温が下がり、土地の人は寒い寒いと言っていますが25度から20度に下がったくらいで私は全く寒さは感じませんでした。事前に聞いたときには「朝夕は寒い」と言うことでしたので長袖のスーツを持って行き、半袖は普段着だけにしました。「寒い」という感覚がこちらとは違うことが分かりショック。同期会にも長袖のスーツを着ていったらみんなは半袖でした。着いた次の日から暑くなったので当然ですよね。
今回大失敗、カメラが途中から故障しました。前から可笑しいとは思いながらもそのまま持参したため、ついに写らなくなりました。一部写っているはずの写真は修理後無事かどうか判明してからアップします。

今回の里帰りは同期会出席と、あと親友たちと食事。村の恩師の遺影にお参りしたのですが、キリスト教ですので仏壇は閉鎖してありました。七日、四十九日とかの法要もないそうです。つまり葬儀の日だけ。天国にめされるのはいいですが、ちょっと淋しい気もしました。
従兄弟も同期会に大阪から帰っていたので、母親も誘って近くの村や町に買い物ついでにドライブをしました。
その後は母と一緒に庭の手入れをしたり、積もる話を聞かされていました。よくも次から次からいろんな話が出るものだと感心しました。中にはよく分からない話もありましたが、知ってるふりをして聞いていました。これも親孝行だと思って。
家の庭には沢山の果物の木がありますが、名前の知らない木もあります。兄が洋物の果物を植えているらしいのですが、食べられるのかな?と思うものもあります。
今実がなっているのはグァバとシークァーサーが鈴なり、もぎって採るのが楽しみでした。シークァーサはこの辺の柿の木のようなもので何処の家にもだいたい一本はあり、家にも沢山あります。
もちろん同じ田舎でもない家もあり、また町の友人宅にはないのでいっぱい採ってあげていました。
今回は車を用意してなかったので友人の方から来てくれました。一日だけ町の方で食事会をするからという連絡が入り、久々にバスで出かけました。昔に比べたらバスの時間も割と時間通りに来たので助かりました。那覇の「カイナン」というバス停、ここはほとんどのバスの経由地で賑わっているところです。昔とあまり変わってないので懐かしさを覚えました。
足で歩くといろんなものが見えます。平和通りから国際通りも随分変わっていました。沖縄も車社会、町の方は渋滞し観光客などで混雑していました。
空港から那覇の首里まで走っているモノレールにも乗れたし、これは初めての経験でした。上から街が見られるのでまたいいですね。通勤に利用している人も多いそうです。少しは交通渋滞緩和に繋がるといいですが。

次は、同期会幹事に送った感想の手紙です。

同期会に参加して



  10月15日(木) 晴れ          行って来ます

明日から一週間沖縄へ里帰りです。準備という程のこともありませんが、土産などを昨日郵送しました。今回は一人で行くので、留守の間冷蔵庫にいろいろ入れてあっても、夫は多分使わないでしょうから腐るようなものは始末するなど何となく気ぜわしい思いでした。
畑の二十日大根も一週間も放置するとお化けになるので、ボウリングの仲間に差しあげました。彼女らは畑をしていないので何でも喜んでくれます。後は着替えなどの用意ですが、沖縄はまだ半袖だそうです。長袖・半袖などなど結構荷物で一杯になりました。忙しいのですが、朝からプール、午後は仕事、夜はボーリングの月例会等予定はしっかりこなしました。

今回の沖縄行きは、中学校の同期会です。平成3年以来の同期会、18年ぶりに会うので楽しみです。みんなジジババにはなっているが気持ちは中学生でしょうね。
沖縄は今、基地移転問題やらいろいろあるので、その辺の行動にも参加できたらいいなと思っているのですが、移動手段のこともあるので行ってみないと分かりません。写真も一杯撮ってきます。楽しい写真があればアップしますね。田舎にインターネットはありません。ですから一週間先のお楽しみです。



  10月13日(火) 晴れ          「りこぼう」初物でした

マレットの練習日です。次回で今年のクラブも一応終了です。と言うことで次回は大会ですのでしっかり練習しなければ。練習ではいつでも良いスコアになるのですが、大会にはこんな成績出ませんね。
帰宅すると、夫が「天気もいいのでキノコの様子でも見てこようか」と言いだしたので、さっそく出かけることにしました。いつもの我が家の裏山です。
今年は不作と言うことですが、昨日のファンクラブの「キノコ狩り」では結構いろんな種類を採っていたようです。でもこちら裏山は何もありません。俗名「りこぼう」と言うキノコが少々だけでした。毒キノコさえあまりありません。
採ってきたリコボウを夜にキノコ鍋にして食べました。今年の初物です。テレビによると、上田市の方は例年だと松茸の宝庫と言われているのに、今年はやっぱり不作だそうです。食べたくても食べられませんね。久しぶりに山歩き、いい散歩になりました。
帰りに下の道端でくるみ拾いをしました。これもまた小さいものしかありません。前に拾ったものをあわせてもどれくらいの実が取れるのか分かりませんが、沖縄から帰ってきたら割ってみます。


午後からは久しぶりの整形外科受診です。高齢化社会で一番繁盛しているのが整形外科ではないかと思うほどの満員状態です。一ヶ月半前に予約を入れたのですが、結局受診が今日になったのでした。
前は肩の治療でしたが、今回は膝を見てもらったのです。正座の後や、長い時間座った後、立つときに痛みがある位で日常生活には不自由は感じていませんが、自分の膝がどうなっているのか、治療すれば完治するのかどうかを知りたかったのです。
結果は「変形性膝関節症」。自分である程度の診断は付けていたのですが、やっぱりそうでした。(膝の痛い人にはほとんどこの病名がつくのです)
「軟骨も少しすり減っているところがあるので注射をします」ということで関節注射をしてきました。夜ボーリングの月例があるので迷ったのですが、「お風呂はダメですが、運動は良いですよ」と言うことでした。「本来なら毎週注射をすればいいのですが、パンク状態ですから来月にします」とひげの先生。
聞くところによると、この先生も有名な膝専門の医者のようで特に受診者が多いのでしょうね。予約は入れてあっても待ち時間一時間くらいでした。出来るだけ朝一番の予約にして、少しでも良くなることを期待して通院してみることにします。



  10月12日(月) 晴れ        松本市民体育大会

体育の日です。各地で体力測定や体育祭などが開催されていました。小学生の体力もここ2〜3年伸びてきているそうです。ひ弱と言われているので良い傾向です。
前の10月10日の体育の日も毎年天気でしたが、今日も気持ちの良い天気になりました。太陽光の数字が最近にしては結構高かったので暑かったのが証明されていました。
夫はファンクラブの行事で「キノコとり」で、朝から熊よけの鈴などを用意していました。私は他の予定が入っていたので残念ながら参加出来ませんでした。
私は今日、松本市の市民体育大会に参加してきました。市民でもないのにおかしいと思うかも知れませんが、ボウリングに関してはまだ人口が少ないので城山ボールを利用している人は参加可能になっているのです。
今日はなんだかうまくいかず落ち込んで帰ってきました。がっかりしてソファーに横になっているところに夫が帰宅しました。ビールを土産に持ってきたので少々早い時間でしたが、飲んでしまいました。ほろ酔い気分、夫は仕事に出かけるのに見送りもしないで布団の中で「行ってらっしゃい」。暫く休んでいると元気が出て来ました。悪かったのをいつまでも引きずってはいけないので気持ちを入れ替えて・・・・。

昨日は原稿書き、やっと書き終えて郵送しました。昔、昔お世話になった名古屋の医療生協の有志から「記念誌」発行に向けて原稿依頼があったのです。
台風の時にも少し触れましたが、伊勢湾台風から50年の節目の年。その後南医療生協が名古屋の柴田地区に地域医療の種を蒔いてきました。長年この地で活動をして多くの遺産を残しました。お隣の市にも多世代共生住宅あいあい長屋「生協のんびり村」もオープンしたそうです。
先輩がこの住宅に入居しました。40年前には想像も出来ない発展ぶりでびっくりしています。今の場所が手狭になったので、来年は広い緑区に移転することになったそうです。この場所は最近人口が増え、新しい駅も出来、また大型スーパー「イオン」も出来たそうです。
というわけで、診療所時代の事を知っている人から是非思い出を寄せてほしいとの依頼があったのでした。不思議なのもですね、書いているとあれこれの思い出が昨日の事のように鮮明に出てきます。
記念誌が出来、また病院も完成したらたら同窓会を開いてほしいとお願いしたので多分実現するでしょう。残念ながら亡くなった方もいますが、元気な者が集まって医療生協の発展を祝いたいです。



  10月8日(木) 雨          2年ぶり、台風上陸

台風18号のニュースで持ちきりです。久しぶりの台風ニュースです。
池田は昨日午後から雨になって、長野県内には今日の朝から昼前に再接近と報道されていましたが、外を見ると風も吹かず一向に台風の気配なんてありません。
昨日夫は台風に備えて一生懸命飛ばされそうなものをしまったり、鉢物の移動などをしました。学校は休校の処置をとって台風対策をしていましたが大丈夫でしたね。
今日のプールはなんと15人中6人だけ、皆さん台風のためお休みでした。普段の雨みたいな状況なのにみんな用心深い人ばかり、お陰でのびのび、広々とやれました。ゆっくりお風呂も入れたし、なんだか得をしたみたいでした。
帰り頃にはすっかり雨も上がり、薄日が差していました。「非常に強い台風」という情報ため、夜予定の会議も延期になりましたが、肩すかしを食ったみたいです。
富山の娘に様子を聞いたら、やっぱり学校は休校になっているとのこと。でも雨風は強く、池田よりはひどかったようです。富山も長年「台風は来ないところ」と県民は安心しきっていましたが、最近は直撃もあります。そう言えば池田もあまり台風は来ないそうです。油断は出来ませんね。
台風の専門家が、最近は地球の温暖化で台風は元気で、寿命が延びていると語っていました。「今までの台風とは違うので気をつけた方がいい」と言っていました。
山形県の鶴岡に住んでいる妹からも電話が掛かって来ました。風も吹かず、台風の気配全くなしと話をしました。東北は夕方頃らしいが、裏山の木が倒れないか心配だとのことでした。この台風は沖縄本島はかすめて来たので実家も大丈夫でした。
日本本島には2年ぶりの上陸とのこと。愛知県の知多半島付近に上陸したため、今回も東海地方は被害が大きかったようです。昭和34年の伊勢湾台風を経験した人は、あの状況を思いだし恐怖だったと話していました。伊勢湾台風は今までに一番大きな台風だったようで、私が39年に名古屋に来たときも、まだその後遺症が残っていました。
私は「台風銀座」と言われる沖縄で育ったので、台風には慣れてしまっていました。小さいとき、家が茅葺きだったので台風の時は家が揺れていました。そのために台風の時は決まってコンクリート建ての小学校に避難というのがいつものことでした。今は沖縄も石の家になりましたが、最近は本島をそれて行く台風が多いので地元民は喜んでいます。来週沖縄に行きますが、第2の台風が発生しないことを祈っています。



  10月5日(月) 晴れ          紅葉狩りが待ち遠しい

お祭りも終わって静かな感じです。心なしか店も静かで体は楽でした。
テレビで中央アルプス千畳敷の紅葉が紹介されていました。すごい!、山が燃えているようで何とも言えない。麓に降りてくるのももうすぐです。

富山の「小ばと会」のメンバーが信州の紅葉を見ながら池田にも立ち寄ることが決まりました。子育てが終わったかと思ったら、今度は親の介護などの年齢になりました。各自がいろいろ事情があって来ることが延期になっていたのです。
6人のうち、一人は持病が悪くなって来られないということですが、10月の末までには良くなって一緒に来ることを願っています。取りやめにならないことを願って楽しみにしています。

天気がいので外仕事に出ました。前から肥料をやり寝かせてあった場所に「にんにく」と「ラッキョウ」を植えました。今年こそ力を入れて元肥からしっかり準備をして、大きく育てたいと願いを込めて植えました。
ラッキョウは今年が2回目です。しっかり管理するぞ!!
葉ものでは大根、野沢菜、小松菜が今青々としているので、毎日すぐって美味しいおしたしを食べています。沢山採ったので塩もみにします。
息子に送る芋を掘りに向こうの畑に移動しました。塩もみした野菜も一緒に入れます。塩もみにした野菜は細かく切って鰹節をかけたら美味しくて、ご飯が進みます。もうすぐほうれん草も食べられるので楽しみです。
芋を植えてある畑には間もなく収穫する大豆と小豆も少々あります。お祭りの日にせめてお赤飯でもと思って、小豆を部分的に収穫をしてきて栗おこわをつくりました。お客さんも来ないので他にご馳走はありません。
そこの畑にはゴミから芽が出た冬瓜がぐんぐん大きくなって、5コも実をつけ元気です。その周りに植えてある「ほうき草」が綺麗に紅葉しています。草に負けて今年は大きくはなれませんでした。草ぼうぼうだったので芋を掘った後に、夫が草刈り機で除草をし、少しは綺麗になりました。






  10月3日(土)曇りのち晴れ〜4日(日)晴れ      初めて見た社の中

9月から10月にかけては、お祭りシーズンです。昨日・今日と滝沢のお祭りです。
池田町は地域ごとにお祭りが開催されます。一番の有名な祭りは池田八幡社のお祭りでしょう。たくさんのお祭りの最後は滝沢と花見に決まっているそうです。(昨年もたしか花見と同じ日、そっちの方が近いので昨年は花見神社の写真を掲載しました)
これまでは当日になってから気がついた程で、お祭りなんて興味がなかったので開催日を意識したことがありませんでした。しかし、今年は大分前から「年番」(世話役)をやってほしいと氏子総代からの依頼があり、予定表が配られて来たので知ることが出来ました。それでも、休みを取って参加するという訳ではありません。

昨日から雨が降っていて心配されていましたが、午前中は曇りで昼から晴れてきました。午後出勤する頃に神社ではお祭りの準備が進んでいました。町内の道路には小さい灯籠が設置され、各家々には玄関に大きな提灯が掲げてあってすっかり祭りの準備が整っている感じでした。
職場では毎年祭りのご馳走の寿司やお赤飯、オードブルの注文が殺到して大変です。
夜仕事が終わって帰宅する途中、町内を回った船が神社に帰って来たところに出合いました。
そこで、家で暫く休憩してから神社に行ってみました。初めてです。綿菓子や金魚すくいなど祭りの定番の店が出ており、「神の水は飲み放題ですよ」と振る舞い酒がありました。おでんや豚汁も振る舞われ、食べながら飲みながら大勢の人で賑わっていました。
社の中を初めて見ましたが、畳の間になっていて、そこでも長老たちが酒を飲んでいました。
外の舞台ではいろんな余興などが行われていたようですが、ちょうどビンゴゲームが開催されていました。知っている人に会ったので、「お酒とおでんをもらって来て」と言われたのでご馳走になりながら暫く見ていました。大抽選会もあるからと言われたのですが、遅い時間になるとのことだったので失礼してきました。




「一つ金、五万円(十万円〜)なり〜、OO様、誠に誠に有り難うございます」と独特の節回しで何遍でも寄付金を披露しています。昨年初めて一桁多い金額を放送していることが分かったので、今年は慣れた気持ちで聞くことが出来ました。

二日目の今日は朝早くから町内を移動しながらの踊りがあったようですが、まだ寝ていました。昼近くになって年番の引き継ぎもあるからと二人で神社に出かけました。時間になってもなかなか始まらず、子どもたちの「宝探しゲーム」を見ながら待っていたのですが、時間がなくなり私は仕事に出かけました。夫はその後宴会があり後片付けなどに参加したそうです。今日もいろいろあったそうで写真が夫の日記に掲載されています。



  10月2日(金) 雨        千曲川の鮎料理

秋も深まってきました。そろそろ紅葉の便りも届きますね。農家ではハサカケにしてあった稲の脱穀が始まりました。2〜3日間前から雨が降り出しましたので困っている方もいました。

秋になると鮎が食べたくなります。そんな時姥捨のTさんから嬉しいお誘いがありました。鮎料理を食べに行こうというのです。私たちの休みに会わせて下さって申し訳有りませんでした。
早速サツマイモやら冬瓜やら土産に持って出かけました。冬瓜は食べ慣れてない人にはちょっと困りますが、押し売りをしました。
久しぶりの訪問、2匹のわんちゃんがたちが出迎えてくれました。お互い元気そうで良かった。ご夫妻は、夫が病魔から無事解放されたことも喜んでくれました。稲刈りも終わった話、グループで蕎麦を植えてもうすぐ刈り取りの話などなど積もる話でいっぱいでした。話している様子は本当に楽しそうです。お互い景色の良いところで田舎暮らしを楽しんでいますね。
お茶をご馳走になりひとしきり話も済んで昼近くに鮎料理屋さんに行きました。
そこは上山田温泉のすぐ裏、千曲川の河川敷に作られた屋形船風の小屋でした。このような小屋を「つけば小屋」というそうです。
「つけば」とは「たねつけば(産卵場所)」が由来とか。漁は魚が産卵したがる場所に「つけば」をつくり、そこに産卵に集まった魚を網で捕まえるのだそうです。
時期的に4月頃〜6月頃はウグイ(ハヤ)、6月頃〜10月頃が鮎。そこで捕れた魚を「つけば料理」としてお客さんにお出ししているそうです。
シーズンには千曲川沿いに沢山のつけば小屋が建ち並び、初夏の風物詩として楽しまれているそうです。小舟も浮かんでとても風流な所でした。
そんな眺めの良いところでの鮎づくし。鮎の甘露煮、鮎の刺身、塩焼き、天ぷら、甘だれが掛かった田楽鮎、さしみの残の味噌汁等々にびっくり。子持ち鮎ばかりで大きい、お腹の中は卵がびっしりで産卵の前に捕まえられてしまったようで可哀想ですが美味しく頂きました。さすがの私も食べきれず、お土産に持ってきました。刺身は初めて食べましたが、こりこりしていて川魚の泥臭さもなく本当に美味しくビールととてもあいました。(ビールは女だけ)。
今までの経験だと簗場(やなば)にいってせき止められた鮎の塩焼きと鮎ご飯くらいしか食べたことがなかったので、いろんな食べかたを経験させてもらいました。Tさんご夫妻、美味しい料理を本当にご馳走さまでした。
「毎年恒例にしたいね」と言いながら小屋の中を見ると沢山の写真が貼ってありました。芸能関係者の写真で知っている俳優さんもいました。撮影なども行われたそうです。シーズンオフには小屋は別の場所に運ぶそうです。「運び賃も金が掛かります」なんて話好きな女将さんは話していました。









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