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8月31日(木)晴れ  ナーベーラーは口にあったのか
朝方は曇っていたのですが、だんだん暑くなってきました。8月も今日で終わりですが、日照不足だった8月のツケが9月に来るという予報ですので、まだまだ暑さは続くようですね。
2〜3日前に我が家にやってきた「スズムシ」、友人が沖縄に里帰りしている間預かっているのですが、朝に夕に泣いているのでいつ眠るのか不思議に思いました。改めて鳴き声を聞いていると、猫のハルちゃんの首に着いている鈴の音に似ていたので一瞬猫が来たのかと錯覚しました。
毎日えさを交換しないと行けないので気を遣います。帰ってきたら死んでいたなんて事になったら大変。忙しい私たちには生き物の世話は大変です。その点猫は散歩もいらないし楽ですね。

毎週木曜日はバラの世話の日、私は予定があったので今日はお休みしました。赤ジソの塩漬をするつもりが予定が大きく狂ってしまいました。
夫は午後から無料塾のお勉強の日ですので、持って行く野菜集めに奔走していました。家でもキューリやゴーヤーなど昨日畑から採取してきました。

毎年植えているヘチマ(沖縄ではナーベーラー)が今年は沢山取れているので、うちで食べるには余るのでちょっと一考察。何処の地域でもヘチマを食べるといったらびっくりするだけですので、まずは料理を試食してもらおうと考えたのです。作って持って行きました。果たして結果は?。売れてとは言っていたが味はどうだったのか。後で聞かなくては。
それとカボチャが傷ついたとこから腐ってくるのです。今まではそんなことがなかったのでやっぱり天候のせいか。もったいないので利用できる部分だけでも食してもらおうと天ぷらつくり。料理つくりだけで午前中かかってしまいました。

午後から市民劇場の企画説明会で担当の日で出かけました。帰りは車のオイル交換、すっかり忘れていました。夕方帰宅してからシソの処理。疲れたので塩漬けは明日に持ち越しました。


8月29日(火)晴れ〜30日(水)晴れ    多忙な二日間
午前中は「公民館問題」についての役場からの回答の日(夫のホームページに詳細)。役場の人はピリピリムード。ビデオの担当にも「誰ですか」と聞く始末。初めて参加したので私までピリピリがうつってしまいました。立って写真を写すと怒られそうで怖くなりました(反省〜こういうときは毅然としないと)。
回答は町長から時間がかかったしまった事にはお詫びがありましたが、取り消しは妥当の処置だったと相変わらず。頭に来て怒鳴りたかったけど我慢、我慢していました。どこでもお役所仕事ですね。本日決着するはずがまたまた延期。なぜ一言謝れないのか、それで終了になるのに。もう意地ですね〜。
9時から12時までと言う長い時間かかったのにまたまた延長戦に突入。

午後からボーリングクラブ。昼食を食べる時間がなく会場へ直行。
試合の後暑気払い。生坂村にある施設で一泊。ボーリング場で知り合った方が生坂の宿泊施設に勤めていることを知ってそれで施設を決定。相手も気を遣ってビールやジュースなどをサービスしてくれました。
クラブはお酒が好きな人が多いのでみんなよく飲み、よくしゃべりストレス発散をしました。夜雨がかなり降っている様子でしたが、部屋の中は暑くてなかなか眠れない。入眠時消した冷房を夜中にまた入れる。生坂村は隣村なのに、池田も暑かったのか。

2日目は年金者組合の総会があるので、朝食後みんなより一足先に帰宅。準備をして総会会場へ。
夫は余興の際、「みんなでうたおう」の時ギター伴奏を頼まれしぶしぶギター持って行きました。「普段弾いていないから手が痛いんだよ」と言いながら。総会はほとんど形式的に行われ予定より早めに終了。
余興の方が長かったね〜。余興は今回の目的は「忍者の「ニンニン(忍忍)体操」をみんなで覚えようという目的でOさんにお願いしたのですが、一回ではなかなか覚えられません。彼女は他にもお得意の「花笠音頭」と「南京玉すだれ」を披露。初めての方には目新しくて良かったかも。


当初の予定では多分時間切れになると思いきや、時間があったのでゆっくり歌唱指導も出来ました。夫は出番が多かったのでちょっと目立ったかな。ギターもうまくいって良かった。
終了後はファンクラブのニュースの配達、なんだか慌ただしい一日でした。


8月28日(月)晴れ    認知症にいいんだって
沖縄から来たSさんが以前「チョロギ」という地下茎の植物を栽培して生坂村の村おこしをしているという話をしていました。「チョロギ」は「千代老木」「長老木」などと書いて縁起の良い食物と言われ、京都大学で認知症予防の研究結果が出ているといいます。それでもまだ栽培人口が少なく栽培地を探しているというのです。
昨年池田の山奥の土地を見に来たが栽培には向いていないというので諦めたそうです。最近沖縄問題を考える会参加をきっかけで親しく話をするようになったのです。
それをきっかけにヘチマやゴーヤーをもらいにうちに来るようになり、いろいろ話をするうちに「チョロギ」の話が出たのです。それでうちの畑でも栽培しないかと持ちかけられました。

いまちょうど花が綺麗だと言うのでまず見てみようと考え、Sさんに案内をしてもらい、夫と二人で見学に行ってきました。
「チョロギ」はハーブの一種でミントの葉そっくりでした。花も紫で似てますね。




場所が生坂から松本市四賀と離れたところに栽培しているので世話に行くだけでも大変でしょうね。どこか一カ所ですればいいのにと思ってしまいました。
生坂村の村おこしと銘打っているのに当の生坂村でもまだまだ栽培人口が少ないそうです。畑もなかなか一カ所では借りられないのが悩みの種でもあるようです。
まあうちも来年少しだけ協力してみようかと話はしたのですが、どうなるか。4月に植えて収穫は12月だとか。少々長いね〜。
市民タイムスで紹介されてから電話がかかってきてその方も案内したそうです。少しは栽培人が増えるとうれしいなと言っていました。
以前食べたことはありますが、そんなに美味しいとは思わなかったので記憶から遠のいていました。名前も面白いが形も面白い、くるくる巻いて(う◎◎)をイメージ(笑)。好きな方にはゴメンナサ〜イ。失礼しました。



  8月21日(月)晴れ  他人の料理は美味しい
寝るのが遅いので、朝はいつも寝坊の二人。珍しく早起きしたところへタイミング良く電話が鳴る。こんなに早く誰?と出たら明科に住むSさんでした。沖縄出身と言うことで、最近お付き合いを始めたところです。
ナーベーラー(ヘチマ)が好きで沖縄では毎日のように食べていたそうです。うちが栽培しているので「こんなところで食べられるなんてびっくりです」と喜んでいました。同じ頃苗を上げたのですが、まだ花が咲いたばかりだそうで。「肥料不足じゃないの」と言ったら「そうかも」と笑っていました。
今日の用事は、昨日差し上げたナーベーラー(ヘチマはすぐ大きくなるので毎日観察が必要)(大きくなると種が出来て食用にはならない)で料理を作ったから持ってくるとのこと。
こっちは早起きしたから、暑くならないうちに早く畑に行こうと用意をしていたところでした。少々出発時間を延ばして待っていると、お手製の「ナーベーラーウブサー」(炒めのもではなく蒸し料理かな)を持ってきてくれました。私はいつも醤油味、Sさんは味噌味で少々薄味でしたが美味しくいただきました。
ナーベーラーが大好きとのこと。「またくださいね」だそうです。沢山あるのでどうぞ、どうぞ。
ヘチマを食べるのは沖縄だけかな。ヘチマを食べると言ったらみんなびっくりします。あの「たわし」をイメージするからでしょうね。もらってくれてありがとう。北海道のお土産もありがとう。

昨日は夫が一日仕事に出かけていたので、私は一日畑で草取り。長雨続きで草は伸び放題。天気は曇っていたのでそんなに暑くもなく畑仕事日和でした。
小豆は時間差で種まきをしたので、先に巻いたものは実がなって一部収穫できます。豆類は同じ木でもだんだんと熟してくるのです。
ピーナッツはもう土に潜り初めています。動物(多分カラス)が茎を引き抜いて枯れてしまったのもがあったので、夫がネットをかけました。トウモロコシもそうですが、実がなったらあっという間にやられてしまいがっかりすることが多々ありますが、知恵比べです。
今年初めて秋ジャガイモを植えてみました。お隣の畑のからいただいた紫のジャガイモに芽が出ていたので植えてみましたがどうなることやら。
今日は昨日の続きで二人で草取り、次に植える畑の準備。それと赤じそが大きくなっているのでその収穫。勝手に芽が出たものを植えてあったら凄く大きくなっています。梅干し漬けの時期には間に合わなかったので今ようやく収穫。今日は半分だけにしました。
時間に余裕がある時に取ってこないと葉をつみ取るのに時間がかかります。塩漬けにして「ゆかり」をつくります。大量のゆかりが出来そうです。また皆さんに食べてもらいます。うまく出来ればの話ですが。これもお楽しみ。

話は変わりますが、ハーブセンターの「夏まつり」に一言。
土曜日にハーブセンターの前で「夏祭り」がありました。夕方の5時から9時。”いろんな催しと生ビール、沢山のおつまみを揃えて待っています。どうぞ来て下さい”とチラシが入っていました。
5時だと早いからと畑仕事が終わって6事半頃に出かけました。目的はやっぱり生ビールです。
なんとなんと腹が立ったのがおつまみがほとんど売り切れ状態。とりあえずあるのが焼きそばくらい。「豚串」というのがあるが焼けるのが遅く長い順番待ち。ビールも2杯目を買いに行ったらもう売り切れですって。「まだ早い時間なのに、いい加減にしてよ」と言いたいところでした。




※夏まつりのちらし案内を出すなら、しっかりと責任を持って対応してほしい。
早い時間から売り切れゴメンでは困ります。
※バンド演奏も終わっていて、どこかの踊りのグループなのでしょうね、女性が浴衣を着て盆踊りを踊っているだけでした。看板に偽りありです。


  8月18日(金)晴れのち雨   白馬の神城断層地震の話を聞きに
13日から16日までお盆は子どもたちと孫たちが来て賑わった。
13日は池田町恒例の花火大会。間に合うように来るようにと言ったのに帰省ラッシュにあったとかで、何とか花火の後半くらいに到着して少しは見られて良かった。
今年のお盆は、全国的に早くに帰省して戻るのも早かったみたいで帰省ラッシュだとの報道がしきりに流れていました。お盆の入りから帰省ラッシュとは。
子ども達は何事にもぎりぎりで行動するので読みが甘いといらいらする。もっと早めに行動しなさいと言っても直さないのでこの頃は黙っているのです。
娘は次の日から息子と二人で来た。亭主と娘は忙しいとの理由。

お盆はいろいろ会議や行事がないのでゆっくり出来るかと思っても、みんなが来ると大変。
息子の子どもが8月17日生まれ、いつもお盆に帰省しているときに誕生祝いをしているのですが、今年は富山の娘達も一緒になったのでちょっとした誕生会をしました。
あらかじめ誕生ケーキを用意しておけば良かったのですが、ついうっかり。普通のケーキで済ませました。池田にはケーキ屋さんがないので、ネットで調べたら松川村にありました。次回からはこの店で誕生ケーキが注文できるとの事でした。


今年から夫が町内の防災関係の役員になったので、いろいろ大変のようです。災害が起きた時に無事に避難が出来るようにこれから準備をしていくということです。
そこでまず平成14年11月に起きた神城断層地震の様子を聞くために白馬村堀之内地区に出かけました。
白馬は一人も死者を出さなかったと言うことでその教訓が報道されました。私はその年は沖縄の県知事選挙の年で沖縄に行っていたのでその様子は余りよくわかりませんが、たまたまシニア大学で同じ班の人が被害にあったのでその人から話を聞くことにしたのです。
同じシニア大で一緒だったKさんの方が被害に遭いながらも町内の役もしていたのでより詳しく話が出来るでしょうとKさんを紹介してくれたので一緒に話を聞くことにしました。
写真も見せてもらったけど家屋の倒壊がひどかったのですね。ましてや夜だったとか。下敷きになった人も沢山いたので声を掛けながら救出活動をしたとのこと。
あまり報道はされなかったようですが、町内だけでなくボランティアとして民医連の友の会から沢山現地に派遣活動をしたと聞きました。
日頃から誰が何処で寝ているかも把握したいたようでそこが田舎のいいとこですね。貯金通帳も何処にあるか知っていますよと笑っていました。





  8月12日(土)雨のち晴れ     滝沢夏祭り
昨日からお盆休みで帰省している人たちで町内も人口が増えている。例年ですと息子達もこの日に来て、町内の夏祭りにも参加することもありました。今年は明日からの予定になっていて、今日の夏祭りは夫と二人だけで参加。子ども中心の催しですので大人だけで行くのもちょっと気恥ずかしい気もしたが。
それにしても夫が参加するのも珍しいと思っていたら、防災関係の役員打ち合わせがあったようです。私も生ビールが飲めるのでよかった。1杯200円特別料金だ。
午前中土砂降りだったので中止かと思っていたら夕方には晴れて良かった。お祭りには若い人から子どもまで沢山出てくるので、頼もしい。
里帰りも含めての人数ですが。テントでは役員さん達が焼き鳥ややきそばなど一生懸命作って、私たちは飲んだり、食べたり。お隣さんから美味しいお酒をいただいたり、少々飲み過ぎちゃった。




  8月8日(火)〜8月11日(金)山の日   なんだか忙しい
8日(火)雨
 午前中、滝沢マレットクラブの練習は中止
 午後から、ボウリングクラブ大会
 5時から1時間、大北友の会のマレット大会(10月)の実行委員会
 6時から7時半、友の会の定例会議
 7時から、市民劇場の「吾輩はウツである」の担当サークル会議
 どちらも重要な会議、たまたま重なった。体は一つ、困った。
 夜の会議は時間差をつけて参加。そんな日がよくある。

9日(水)曇り夜から雨
 10時半から松本で「吾輩はウツである」の事前学習会。
 劇団から制作の方が来て芝居の話。北アルプスから運営委員の人と参加。北アルプスは予算の関関係で今回はないので松本まで行く。
 夜は友の会の本部幹事会でまたまた松本に。毎日松本に通っている有様。他人が聞いたらお人好しだと笑われるでしょうね。
10日(木)晴れ
 これまた松本に歯科。カレンダーに時間を書き間違えて一時間早く着く。
 受付で11時からですよと言われショック。やっぱり頭もおかしくなっているのですね。久しぶりに松本の駅前でお茶を飲んで時間をつぶしました。
 11日(金)晴れ 山の日
 また今日も松本へ。定期券でも購入したいくらい、続くときは続くものだ。
 山の日というので松本駅は登山やハイキング客で賑わっていました。

信州には「○○と沖縄を結ぶ会」というのがあちこちにある。長野と松本にあることは知っていたが、他の地域にそんな活動をしている会があるなんて知りませんでした。
そんな会を繋ぐネットワークを作ろうとの話が出て今日はその準備会。松川のEさんを誘い参加。長野、上田、佐久、松本、中川村、辰野町などから沢山参加された。
沖縄出身者としては有り難い話です。でもまだまだ一部です。ネットワークで運動が広がって行くことを願う。


  8月6日(日)晴れのち雨    演劇「紙屋町さくらホテル」
昨日の夜、突然雨が振り出し土砂降りになった。びっくり。大北地域に洪水警報がでている。最近は天候不良で大雨警報・竜巻注意報などいろんな警報や注意報がよく出ます。台風の影響もあるのでしょうが。
今日は広島原爆記念日、式典も安倍首相を迎えて行うのですが、なんだか形式的みたいになってむなしい。安部首相はどんな気持ちで参加しているのでしょうか。腹がたって仕方がない。
この頃毎日というほど雨が降っているので畑も草だらけ。二人とも夕方からは出かけるので短時間ですが畑仕事に行ってきました。 夕方からは夫は松本で塾の仕事。私は松本で市民劇場の例会が催されたので鑑賞に。

こまつ座の特別公演「紙屋町さくらホテル」。井上ひさし作で「父と暮らせば」に次ぐもう一つの広島を描いた作品です。
通常例会は初日は夜公演、二日目は昼公演と、二日間にわたって行うのですが、今日は特別に同一日に二回公演になっていました。俳優さんも大変だったでしょう。
二十何年か前に森光子さん主演だったものを見ているのですが、一部記憶が曖昧だったので再度見に行きました。(市民劇場は松本は年6例会、北アルプスは4例会のためこの作品は公演なし)


「紙屋町さくらホテル」内容
昭和20年師走。東京巣鴨プリズンに「自分はA級戦犯だ」と拘留を求める初老の男がいた。長谷川清。元台湾総督にして海軍大将、天皇の密使という経歴を持つ男。
対応したのは針生武夫。元陸軍中佐にして、堪能な英語力を買われてGHQで働いている男。
長谷川の願いを退け、追い返そうとする。二人は7ヶ月前、終戦直後の広島でともに過ごした特別な3日間を思い返すのだった。
その年の五月の広島。紙屋町さくらホテルでは明後日に迫った特別公演のため、移動演劇隊「さくら隊」の二人の俳優、「新劇の団十郎」こと丸山貞夫と宝塚少女歌劇団出身のスター園井恵子がにわか仕立ての隊員を相手に必死の特訓の真っ最中。
この時代、演劇・・・とくに「新劇」は表現の自由を決定的に奪われていた。慰問のための集団「移動演劇隊」が国策として組織され、これが丸山らにとって芝居をする唯一の道だった。
「さくら隊」では、アメリカ生まれの日系二世で敵性外国人として監視を受けるホテルの女主人・淳子と、その従兄弟で共同経営者の正子が一員になったばかり。
そこに宿泊者の言語学者・大島、淳子を監視する特高刑事の戸倉、劇団員に応募してきた玲子も加わっている。さらに富山の薬売りに扮して宿を訪れた天皇の密使・長谷川とその後を追うように現れた林と名乗る傷痍軍人(実は針生)も丸山らにあれこれと理由をつけられ、一緒に芝居をすることになる。
その芝居の台本は「無法松の一生」。それぞれの思惑が交差する中。寄せ集め一座の稽古は抱腹絶倒の笑いを巻き起こしながら進んでいくー。

3時間に及ぶ長時間の芝居で、見ごたえがありました。
5月のその時の公演は、空襲警報がなり地下壕に避難を繰り返しながらも何とか成功に終わったようですが、そのさくら隊は8月まで続けられ、ある日、ピカッ。
なんだか切ない中にも、面白い笑いを誘う場面がいっぱい、さすが井上作品、大好き。
新劇が生まれた経緯などが芝居で語られ、滝沢修など実名で出てきたり。そういえば丸山貞夫、園井恵子も実在の俳優さんだった。記憶が曖昧だった部分が今回ではっきりしてすっきりした。
ピカドン関係の演出は演出家によっても違いがあり今回の最後の場面は少々難しかったが・・・。


  8月5日(土)晴れ   「信念」を貫くとは
青変わらず暑い日。昨夜も東京行きで帰りが遅くなったのに、今日も早くから塩尻へ。バランスボールのインストラクター講習会です。
塩尻までは土日で1時間少々はかかるものの、比較的スムーズで行けました。大町や白馬からも来るので大変。暑いから冷房が効いているこの会場を選んでいるとのこと。
その海上は福祉施設で障害者が多く勤めており、利用者も多いようです。風呂もあり、池田の「やすらぎの郷」みたいな施設です。塩尻の場合は一般客相手の食堂があるので便利です。
その施設のちょっと広い部屋で講習は行われます。約2時間バランスボールを使っての運動、冷房が効いていてもちょっと汗はかきますね。
先月もここで研修会がが会ったので終了後みんなで昼食を食べて帰りました。その時は大勢が一度に入ったので長らく待たされました。障害を持った人が、料理を作ったり接待をしたりしているようです。
今日は少ないから大丈夫だろうと食堂にはいりました。ところが30分以上待っても来ない。前の人もまだ来てない。午後から松本で映画があるし、間に合いそうになくてキャンセルせざるを得ませんでした。
駐車場もなくなるのでとにかく次の会場へ。土曜日の割には駐車場は比較的余裕がありました。夫は午前中松本で夏期講習だったので終わってから待ち合わせ。何とか間に合い食事も食べられました。
映画は「明日へ〜戦争は罪悪である〜」、その完成披露上映会、全国に先駆けての上演です。場所は映画館ではなく「あがたの森、文化会館」。(内容は夫の日記に詳しく書いてあるので省きます)。
戦争に協力する説教をしていた一人のお坊さんが、出征兵士に「死ぬな、生きて帰ってこい」という。勿論憲兵がいる前で。投獄はあったけど憲兵による危害が加えられる場面がなかったのでよかった。拷問場面があると小林多喜二のあの写真を思い出すので、そんな映画はとても見られないので目を覆います。
このような映画を見るたびにいつも思うのは、何があっても死ぬまで「信念」を貫くと言う人がいます。いつも自分に照らして考えるので自分には果たして出来るのか。拷問にあったらきっと耐えられないと思う。そんなことを考えながら見ていました。
映画の上映の前に監督さんと出演者の上條恒彦さんの挨拶がありました。上條さんが朝日村の出身だとは知りませんでした。上條さんの役は植木さんという僧侶の役。植木等さんの実家はお寺とか聞いたことがあるのでもしかしたらそのお父さん?と思っていたらやっぱりそうでした。
凄いお坊さんたちがいたんだね〜。自分は何も出来ないが「戦争は二度とゴメン、戦争反対」と言うことだけでも言い続けたい、それだけはどんなところでも言える自信はあります。


  8月4日(金)曇り   メーテルリンク「青い鳥」観劇
東京へ観劇に。今でも降り出しそうな天気だったので一応傘を持って出かけました。
演劇鑑賞会の「見て確かめて」の事前観劇です。東京は野菜が高いとかで、いまわが家で大量に取れているキュウリ、トマト、ナスをおみやげにたくさん持って行きました。さすがに重い。リュックに入れて背負い、袋にも入れて運び、何とか目的地にたどり着きました。
会場が新宿南口から近かったので助かった。南口は慣れているので場所もすぐわかりホッとしました。喜んでくれたので持ってきた甲斐がありました。

今回は劇団ピュアマリーのオリジナル・ミュージカル、誰もが知っているメーテルリンク作「青い鳥」です。


会場に入ったとたん、親子劇場の例会に来たのかと一瞬戸惑った。300席ほどの会場は全労済ホールのスペース・ゼロ。「全労済文化フェスティバル2017夏」に参加作品として出させてもらったのだそうです。
来年長野県でもこの作品を上演予定ですが、地方に出るときはチルチル、ミチル役が大人を起用するのですが、今日の主役はピュアリーのミュージカル研究生の中からオーデイションで選ばれた男の子と女の子。それで親子の入場が多かったのかも。本当に私たち市民劇場関係者は数えるくらいでした。しかし小さい子もいたけどみんな真剣に見ていた。
ミュージカルだから唄あり、踊りありで楽しかったから飽きなかったのでしょう。はらかなこさんのピアノは素晴らしかった。
出演者の中に以前前進座にいた「高橋佑一郎さん」という俳優がいるけど、友人が追っかけしていたので一緒に前進座へ行ったり、富山に来たときは交流会で近くで話をしたりとよく知っている人でしたので(現在は退団してフリー)少々興味もありました。前進座の時とは違うイメージでした。ミュージカルに出るとは思っていなかったので(ちょっと余談でした)。
この「青い鳥」を市民劇場の例会にした場合はどうか。事前観劇に行く場合は必ずこれは考えなくてはなりません。「青い鳥」のストーリーは初めから終わりまでほとんどの人が知っており、ただ単純に面白かったと言うわけにはいかないからです。
この物語は哲学者でもあるメーテルリンクが「生と死」「運命」「幸福」とか人間の根源をテーマを描いています。物事の本質を見失いがち、本物が見えにくい、小さい間違いが悲劇を生む今の時代だからこそ、この哲学的・道徳的物語が、ミュージカルにすることで現代人の心により届くのではないかと、ピュアマリーが音楽と映像を用いてシンプルに創ったそうです。そんな気持ちが読み取れたらいいな〜。

最近は東京には高速バスで行くのですが、以前は新宿西口の狭いところに多くのバスが駐停車していて、よく事故が起きないものだと冷や冷やしていたのですが、今は「バスタ新宿」といって大きいビルに移動しました。広くて気持ちがいいです。安いので利用者は多く、いつも賑わっています。
ちょっと残念なのは、西口の時は食事するのに不自由はしなかったのですが、今は気軽に食事する場所があまりない。今回も美味しいものをと考えているうちに時間切れ。食べそびれてしまいサービスエリアでサンドイッチ。本当に残念でした〜。


  8月3日(木)曇り雨      キュウリが大量
毎週木曜日はバラ園の作業に行く日です。夫は病院受診で行けないので前日に今日の分は仕事を済ませてくる。真面目というか、それとも責任者だからか出られないときはいつもそうだ。それなのに私は昨夜の体調不良の続きですっきりしないのでちょっとサボちゃった。
病院から帰ってからまた行ったが少なかったとか。お隣のFさんも「少なくてくたびれちゃった」と悲鳴を上げていました。ご苦労様。今日は日差しは弱かったので仕事もしやすかったと思う。

昨日急遽富山へ行ってきました。夫の姪っ子が(米国人に嫁ぐ)ふたりの子どもを連れて里帰りしているので面会が主な目的。ついでと言ったら怒られそうですが、お墓参り。お盆には少々早いけどご無沙汰をお詫びしてきました。


私の知っている限りでは、ばあちゃん、父、母、弟が眠っています。嫁いで来た頃には皆さん元気だったので、いろいろ楽しい思い出があります。弟は本当に若くして亡くなったので無念だったでしょう。年月を感じます。やっぱり毎年行かなくては不幸ものです。
そんなんで妹の家で暫く歓談。長男のたくみ君だけがお友達と家で工作などで遊んでいました。日本語が流暢におしゃべり出来るようになったので出来るだけ日本のお友達を作ってあげたいと言う親心。じいちゃん、ばあちゃんも同じで次男の幼稚園の送り迎えはじじ、ばばの仕事だそうです。成長が楽しみですね。近くうちの娘達と一緒に花火を見に行くと言ってました。


帰りにはいつものように富山の大型スーパーで魚を買い求め、時間があまりなかったのですが、夫の弟の孫達の顔もついでに見てきました。よその子どもたちの成長は早いものでみんな大きくなってびっくり。私たちは年を取るはずです。

昨夜は帰宅してら突然気分が悪くなり、動悸もひどくなりもしかしたらこのまま逝っちゃうのかなと思うほどでした。暫く横になっていたら少しは良くなったので夫を起こさなくてもよかったので安心。しかしなかなか寝付けなくて。
午後からは気分も良くなったので、夫の手伝いで畑にキュウリの収穫に。夫は夕方から無料塾のお勉強に行くので、皆さんから集まった野菜も会わせて大量になりびっくり。
キュウリなどは一辺に取れるので今の時期、キュウリだらけ。明日東京に行くので、私も野菜をおみやげに持って行くことにしました。


  8月1日(火)曇り   久々だね〜
梅雨が明けたときから雨が降り続き、それからなかなかしっくりしない天気が続いています。蒸し暑くて大変で。
暑さには強い私ですが、老体になるといろいろ障害が出てきます。思いも寄らなかったそんな自分に自信がなくなりました。でもなんとか頑張って行くしかありませんね。
日記というのも今は月記になっていて意味がありませんね。主婦にはおさんどんが付きもの?好きなときに書くという時間がなかなか取れないのも悩みの種です。夫は「いろいろやり過ぎだ」と言いますが、整理すると鈍い私の頭は全く働かなくなります。いろいろ刺激を受けているからなんとか身になっているのです。(ちょっと愚痴ちゃった)

さて8月、7月はいろいろありましたが、8月もいいろありそうです。沖縄問題を考える「ヤマトンチュネットワーク」というのが立ち挙げ予定です。
もうすぐお盆、お盆を過ぎると暑さも和らぐと言いますが、なんだかまた残暑が厳しくなりそうです。夏野菜も今がぴーく。今年は夫が関わっている貧困ネットワークの中の無料塾の子どもたちに野菜を配布するという目的で例年よりも沢山の野菜を植えました。キューリなどは一度に取れるので、塾に行く日とタイミングが合わないと大変なことになっています。日持ちがする野菜は良いのですが、難しいですね。
秋収穫予定になっているものは豆類とサツマイモ。ピーナッツ、里芋等々です。ニンジンもいつもより多く撒いてあります。第一弾は今収穫して食べています。今年初めて短い「ゴボウ」を植えてみたのですがどうなるやら。お楽しみ。
そうそうスイカを本日収穫してきました。雨不足だった今年は農家の人たちも野菜のできが悪いと嘆いていました。そんな中少々小振りではあったがまあまあの出来でした。
畑は楽しいのですが、草との戦いです。でもぼちぼち頑張ります。




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